IT業向け | 採用・定着に強い賃金制度導入ガイド

以下のコラムは、IT関連企業(ソフトウェア開発・システムインテグレーション・ウェブサービス・スタートアップなど)の経営者・人事担当者の皆様が、自社の賃金制度や人材管理上の課題を見直す際にご活用いただけるよう、IT業界ならではの実態や特徴を織り交ぜながら編集した内容となっています。
エンジニア・デザイナー・セールス・コンサルタントといった多様な職種を抱えるIT企業では、それぞれ求められるスキルや働き方、またトレンドの変化が非常に速いのが特徴です。
ぜひ最後までご一読ください。
IT企業の賃金制度に関する主な課題
最低賃金の上昇と収益圧迫
IT業界といえども、エンジニアやコンサルタントなど高年収層が多い一方で、コールセンターやサポートデスクなどの運用部門、あるいは企業規模が小さいスタートアップなどでは、最低賃金に近い水準でアルバイトや派遣社員を雇用しているケースが見られます。近年の最低賃金引き上げは、IT企業にとっては「影響が少ない」というイメージがありますが、実際にはコストを圧迫する要因として無視できなくなっています。
特に、受託開発やSES(システムエンジニアリングサービス)を中心とする企業では、契約単価に余裕がないと最低賃金の引き上げが直接収益に響く可能性が高いです。また、サポートデスクなどのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)業務を請け負う企業も、人件費が増える一方でクライアントとの契約単価を簡単に上げられず、苦しい状況に陥りがちです。
解決のポイント
- 契約・サービス単価の見直し
受託やSESでの契約を改定し、最低賃金や人件費の上昇分を織り込む努力が必要です。顧客との交渉を通じて、付加価値(品質保証、スピード、セキュリティ対策など)をアピールし、適正な報酬を得られるようにします。 - 業務効率化と自動化
開発工程の自動化(CI/CDの導入、コードレビュー支援ツールの活用)や、サポート業務の自動化(チャットボット、音声認識システム導入)によって、人件費増加の影響を吸収する方策を進めます。 - 複数の収益源確保
プロダクト自社開発やサブスクサービス展開など、受託一本足から脱却し、高付加価値ビジネスを育てることで、人件費上昇にも対応しやすい経営体制を目指します。
成果や業績との連動性の不足
IT企業はプロジェクト型や成果報酬型の働き方が多いイメージがあるものの、実際には固定給のみで運用している企業も少なくありません。受託開発では「時間単価」でのSES契約が中心になりやすく、成果や生産性が評価されにくい構造が残っていることが背景として挙げられます。
また、スタートアップなどでも「会社を大きくするために全員が必死で頑張る」風土があったとしても、その頑張りが具体的な報酬につながらなければ、優秀なエンジニアやビジネス職が転職を検討するリスクが高まるでしょう。
解決のポイント
- OKRやKPIなどの目標管理
プロダクト開発チームなら「リリース頻度」「ユーザー数増加率」、セールスなら「MRR(月次経常収益)」「受注件数」など、職種に応じた**数値目標(KPI)**を設定し、達成度に応じたインセンティブを導入します。 - プロジェクト成功報酬の仕組み
大型開発案件を成功裏に完了した場合に、チーム全体にボーナスを支給するなど、成果主義を取り入れることで、モチベーションを向上させます。個人だけでなくチームベースの評価を組み合わせることも有効です。 - ストックオプションや持株会
特にスタートアップや上場前の企業では、金銭的な報酬だけでなく株式によるインセンティブを用意することで、会社の成長と個人の利益を連動させる仕組みを作る例が増えています。
正社員と非正社員の待遇格差
IT業界では、正社員エンジニアと契約エンジニア・派遣エンジニアが同じプロジェクトに参画しているケースが珍しくありません。また、コールセンターやヘルプデスク、事務サポートなどではアルバイトや派遣スタッフが多数を占めることもあります。こうした雇用形態の違いが、待遇やキャリア形成の差を生むと、不満や離職を招きやすくなります。
「正社員だけに福利厚生が充実している」「同じエンジニアリング業務をしているのに給与・ボーナスで大きな差がある」といった場合、非正社員がスキルアップを目指さずに辞めてしまい、ノウハウの蓄積が進まない悪循環に陥る可能性があります。
解決のポイント
- 業務範囲とスキルに応じた報酬設計
非正社員でも高度なプログラミングやインフラ運用が可能な人材には、それに見合った報酬を設定します。「契約形態=待遇」ではなく、「スキル・役割=待遇」という発想が大切です。 - 登用制度・キャリア支援
非正社員から正社員やリーダーポジションへの転換制度を整備し、長期的にコミットしたい人材を積極的に取り込める仕組みを作ります。研修や資格取得支援を行い、キャリア形成をサポートすることが重要です。 - 福利厚生の一部適用
非正社員でも、社内勉強会やセミナー参加、フレックス勤務などの一部制度を利用できるようにし、会社へのエンゲージメントを高める施策を行います。
昇給・昇格基準の不透明さ
IT企業は成長スピードやプロジェクトの多様性が高いため、社員が「どうすれば昇給・昇格できるのか?」を明確に把握しづらい側面があります。特にベンチャーやスタートアップでは、組織が急拡大する一方で評価制度が整備されておらず、**“経営者の鶴の一声”**で決まってしまうケースも見受けられます。
これでは優秀なエンジニアやクリエイターほど不満を抱きやすく、「自分を正当に評価してくれる会社に行きたい」と考えるようになります。結果として、ハイスキル人材の流出を招くリスクが高まるでしょう。
解決のポイント
- 評価基準の可視化と周知
「コード品質」「開発スピード」「チームコラボレーション」「クライアント満足度」など、職種ごとに必要な要件を明確化します。たとえば「エンジニア等級表」や「デザイナー等級表」を作成し、スキルや成果に応じた昇給ルールを全員が把握できるようにします。 - 定期的な1on1面談
マネージャーと定期的に面談を行い、評価基準やキャリアパスについてすり合わせます。特にプロジェクト単位で動くエンジニアは、実績をこまめに言語化・共有してもらうことで、客観的評価につなげやすくなります。 - 多面的な評価プロセス
ピアレビュー(同僚評価)や360度評価を取り入れることで、上司一人の主観ではなく、複数の視点から昇給・昇格を判断する仕組みを構築します。
業界内での賃金水準の競争力不足
IT業界はグローバル企業やメガベンチャーをはじめ、高給与を提示できる企業が多いのが特徴です。大手ゲーム企業や外資系IT企業などが積極的にエンジニアを採用しており、特にAIやクラウド、データサイエンスなどの先端分野では人材の奪い合いが激化しています。
そのため、中小規模のIT企業や地方のSIerが大企業や外資系に比べて賃金面で劣る場合、採用活動が難航したり、優秀な人材が定着しなかったりするリスクが高まります。
解決のポイント
- 市場や業界相場のリサーチ
自社が採用を狙う職種(フロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニア、プロダクトマネージャーなど)の給与レンジを定期的に調査します。地域性やリモートワークの普及状況も加味しながら、相場に見合う賃金設定を検討します。 - 非金銭的な魅力のアピール
自社製品の将来性、技術スタックの面白さ、リモートワークやフレックス制度などの柔軟な働き方、あるいは副業可能など、金銭以外のメリットを明確に打ち出すことで人材の流入・定着を狙います。 - 教育投資とキャリアアップ支援
「ITエンジニアがスキルアップできる」「CTOやアーキテクトが直接指導してくれる」「最新技術への挑戦機会が多い」など、学びと成長機会を充実させることで、給与差をカバーできる要素を増やします。

IT企業の人材面での課題
人材確保の難航
IT人材は需給ギャップが顕著で、常に売り手市場といわれています。エンジニアやデザイナー、PM人材は大手・ベンチャー含めあらゆる企業から求められており、待遇や労働環境、魅力的なプロジェクトの有無などを総合的に比較して職場を選ぶケースが増えています。
とくにスタートアップや中小IT企業では、有名企業と比べて知名度が低く、給与面でも劣ることが多いため、「募集しても応募が来ない」「やっと内定を出しても辞退される」という苦戦を強いられることが珍しくありません。
解決のポイント
- 魅力的な求人票・採用サイト
プロジェクトの技術的チャレンジや、成長可能性、組織文化などを具体的に記載し、求職者が興味を持てる情報を充実させます。給与レンジやリモートワーク可否も明示すると、ミスマッチを減らせます。 - リファラル採用の強化
社員の知人・友人紹介制度を整え、紹介者にもメリットを付与することで、信頼関係のある人材を効率的に確保しやすくなります。 - ブランディングと発信
技術イベントや勉強会への登壇、OSSへのコントリビュートなどで企業の存在感を高め、求職者に「ここで働きたい」と思わせる取り組みが効果的です。
従業員のモチベーション低下
ITプロジェクトは納期や品質、技術的ハードルが高く、エンジニアの負担が大きい場合があります。加えて「自分の成果やアイデアが正当に評価されていない」と感じれば、モチベーションを失いがちです。特にイノベーティブなエンジニアほど、自分の取り組みが報酬やキャリアに結びつかないと、早期離職を選択する傾向が強いといわれています。
また、評価基準が曖昧なままプロジェクトを進めていると、「あの人だけ評価が高いのはおかしい」「自分のほうがコミットしているのに給与が変わらない」といった不満が噴出してチームの士気にも影響を及ぼします。
解決のポイント
- インセンティブ制度の導入
先述の成果評価基準(OKR/KPI)と連動させ、達成度合いに応じた金銭的ボーナスや追加の休暇付与などを用意します。個人よりもチーム全体の成果も併せて評価することで、ギスギス感を抑えられます。 - 社内コミュニケーションの促進
定期的なプロジェクト報告会やデモ会、社内勉強会などを行い、メンバー同士が互いの成果を知れる仕組みを整えます。モチベーションを高めるためには、周囲からの承認や応援が欠かせません。 - キャリアビジョン共有
中長期のキャリアビジョン(エンジニアリングスペシャリスト、マネジメント、スタートアップへの転身など)を尊重する姿勢を示し、自社内でも多様なキャリアパスを用意してサポートすることで、離職意欲を下げることが可能です。
若年層の定着率の低さ
IT業界は若手人材の需要が高く、他社への転職やフリーランス化が容易な環境でもあります。特に1~3年目の若手エンジニアは「少しでも給与や技術スタックが良い環境を求める」傾向が強く、早期離職のリスクが高い職種といえます。
また、ベンチャー企業におけるOJTの不足や、社内評価制度の曖昧さなどが原因で、「成長できる環境がない」「キャリアが見えない」という理由から離職するパターンも見受けられます。
解決のポイント
- 明確なキャリアパス・教育プログラム
フロントエンド、バックエンド、インフラ、マネジメントなど、若手がどのようにスキルを伸ばし昇給・昇格していけるか、具体的なロードマップを提示します。 - メンター制度・コードレビュー文化
経験豊富なエンジニアが若手をフォローするメンター制度や、チーム全体でコードレビューをする文化を根付かせることで、若手が着実にスキルを伸ばせる環境を作ります。 - 評価面談とフィードバックの活用
若手は自分がどれだけ成長しているかを客観的に知りたいと考えるため、四半期ごとのフィードバックや評価面談を徹底し、「次に何を頑張ればいいのか」を明確にすることが大切です。
スキルアップの意欲不足
IT人材は最新技術やツールを習得することで市場価値が上がる反面、現場の忙しさなどから「研修や勉強会に参加できない」「学んでも給与に反映されない」状況が続くと、自己学習を継続する意欲が下がります。
特に、レガシー技術やメンテナンス案件ばかりを担当している社員は、「自分が古い技術しか扱えないままキャリアを終えるのではないか」という危機感を抱くものの、会社側からの支援が乏しいと転職を考えるきっかけにもなります。
解決のポイント
- 技術手当・資格手当の整備
AWS認定資格や高度情報処理技術者試験、PMPなどの資格取得時に手当を支給したり、オンライン学習サービス(Udemy、Courseraなど)の受講費用を補助したりすることで、学習意欲を引き出します。 - 学習時間・研修の確保
プロジェクト優先のあまり学習に時間を割けないケースが多いので、週1回程度の「勉強タイム」や定期的な社内LT会を設けるなど、学習を習慣化する仕組みが有効です。 - スキルマップの可視化
技術分野ごとのスキルマップを作成し、「どのスキルを習得すると役割が広がり、給与が上がるか」を具体的に示すことで、スタッフが学習目標を立てやすくなります。
非正社員の活用不足
IT企業では、業務委託や派遣エンジニアを積極的に活用するケースが多い一方で、長期的な戦力として取り込むための仕組みが整っていない場合があります。短期的な案件対応だけで終わらせてしまい、コミュニケーションの不足やスキル・ノウハウの断絶が起きがちです。
解決のポイント
- 役割定義と評価の透明化
非正社員であっても、担当するプロジェクトやスキルレベルに応じて給与・報酬を柔軟に設定し、正社員と同様に評価する仕組みを作ります。 - 社内コミュニケーションへの参加
非正社員でも社内チャットツールや定例ミーティングに参加してもらうなど、チームの一員として認識できるような関係を築きましょう。業務委託先においても、情報共有をこまめに行うことで成果を最大化できます。 - 登用・契約更新の仕組み
非正社員が希望すれば正社員化や長期契約延長が可能な制度を用意しておくと、企業文化への適応やノウハウ蓄積が進み、プロジェクト効率も高まります。
管理職の育成不足
IT企業での管理職(PM、チームリーダー、CTOなど)は、テクニカルスキルに加え、人事評価やチームマネジメント、クライアント折衝などマルチな能力を求められます。しかし、プレイヤーとして優秀なエンジニアがそのまま管理職になり、マネジメントスキルを十分に習得しないまま進んでしまう例も少なくありません。
解決のポイント
- 管理職研修・リーダーシップトレーニング
プロジェクトマネジメントやピープルマネジメントの基礎を学ぶ研修を用意し、管理職になりたての人にも適切なサポートを行います。 - 業務の分担とアシスタント制度
PMが見積もり・要件定義・コードレビューなどの全工程を抱え込まないよう、サブリーダーやアシスタントPMを配置し、マネジメント業務に注力できる体制を構築します。 - 管理職の評価基準明確化
「メンバー定着率」「プロジェクト納期・品質」「顧客満足度」など、管理職が担うべき成果を定義し、達成度に応じたインセンティブを支給する仕組みを整えます。
現場のチームワークの欠如
ITプロジェクトでは、フロントエンド・バックエンド・デザイン・QAなど多様な職種が関わるため、チームワークが欠かせません。しかし、遠隔地メンバーとのリモート連携や、プロジェクト別の編成が頻繁に変わるケースでは、お互いの顔が見えにくく、一体感を醸成するのが難しくなります。
解決のポイント
- 共通ゴールの設定
「リリース日厳守」「バグゼロ」「ユーザー満足度向上」など、チーム全体で共有する目標を設定し、達成した際にはチーム全員にインセンティブを与えると協力意識が高まります。 - 定期的なコミュニケーション施策
朝会・夕会、オンラインでの進捗共有、社内SlackやTeamsなどのチャットツールの活用、気軽に雑談できるバーチャルオフィスツールなど、コミュニケーション頻度を保つ仕組みを整えます。 - チームビルディングイベント
オンラインでも参加できるゲーム大会やLT大会、オフラインでの合宿や懇親会など、プロジェクトを超えて社員が交流しやすい環境を作り、相互理解を深めます。
長時間労働の常態化
IT企業では納期前のデスマーチや、夜間・休日の緊急障害対応などが発生しやすく、労働時間が過度に長くなる懸念があります。過労が原因でエンジニアの離職やメンタル不調が起きると、プロジェクト全体のリスクにも直結するため、早めの対応が必須です。
解決のポイント
- タスク管理とスケジュール設計の徹底
アジャイル開発やタスクボード、チケット管理ツールを活用し、プロジェクトの見通しを可視化します。無理な納期設定や、要件が途中で頻繁に変わる状態を放置すると、長時間労働の温床になりやすいです。 - 稼働時間のリアルタイム管理
勤怠管理システムやプロジェクト管理ツールを用い、各メンバーの稼働状況を把握。特定のエンジニアに負荷が集中していないか確認し、必要に応じてリソース再配置や追加採用を検討します。 - 残業手当・深夜手当の適正支給
見込み残業制度を導入している企業も多いですが、実際の残業がそれを大きく超えている場合はスタッフの不満が溜まり、離職につながります。適正な支給ルールを明確にし、過度な長時間労働を是正する意識改革が重要です。

IT企業向けに採用・定着に強い賃金制度設計のポイント
成果や業績に応じたインセンティブ制度の導入
IT企業で成果や業績が分かりやすいケースは多く、たとえば「新規ユーザー獲得数」「エラー率の低減」「売上貢献度」「チケット処理件数」などさまざまな指標が設定可能です。これらを評価し、個人とチームの両方にインセンティブを付与することで、モチベーションと連帯感を高めます。
- プロジェクト成功報酬
大型案件を無事ローンチした際に、プロジェクトメンバー全員に特別ボーナスを支給する仕組みを作ると、責任感と達成感が増します。 - OKR連動インセンティブ
会社全体のOKR(Objectives and Key Results)と部署・個人のOKRを連動させ、達成度合いに応じた報酬を設けると、目標管理がスムーズになります。
スキルや資格に応じた手当の充実
IT分野には多数の認定資格や、技術的スキルを証明するツールが存在します。業務に役立つ資格取得を奨励するために、資格手当や研修補助を拡充すると、社員のスキルアップ意欲が高まり、結果的に企業の競争力が向上します。
- 資格手当の設計
AWSやGCPなどのクラウド資格、LPICやCCNAといったインフラ資格、情報処理技術者試験など、必要性や難易度に応じて手当を差別化します。 - 学習環境の整備
書籍購入補助、技術カンファレンス参加費負担、オンライン学習ツールの法人契約など、社員が学びやすい仕組みを整え、手当と併せて運用します。
明確なキャリアパスと連動した昇給制度
IT企業では、スペシャリスト志向とジェネラリスト(マネージャー)志向の両立が課題になりやすいです。エンジニアが管理職にならずに技術を極められる道や、プロダクトマネージャーやCTOを目指す道など、複線的なキャリアパスを設計し、昇給・昇格と連動させることが重要です。
- エンジニアの専門職コース
シニアエンジニアやテックリード、アーキテクトなど、スペシャリストとしての階層を作り、給与レンジを明示します。 - マネジメントコース
チームリーダー、PM、部長・役員など、階層ごとに求められるスキルや成果を明確化し、達成度合いに応じた昇給ルールを設定します。
地域の市場水準を考慮した競争力ある賃金設定
IT人材はリモートワークの普及により、勤務地に縛られない採用が可能になってきました。地方企業であっても、都市部や海外の給与水準が求職者の比較対象となり得ます。逆に言えば、都心の企業が地方や海外の優秀な人材を採用することも可能になります。
- 都心・地方・海外の賃金相場調査
リモート前提で採用する場合、国際水準や大都市圏の給与相場との比較が必要です。 - 在宅手当や地域手当の導入
フルリモート・ハイブリッド勤務が標準化する中、通勤手当よりも在宅関連支援(光熱費手当など)が求められることがあります。地域による物価差も考慮した給与設計が大切です。
福利厚生の充実による生活支援
IT業界での働き方は多様化しており、リモートワークやフレックス制を導入する企業が増えています。さらに、エンジニアの健康管理や家族の支援など、福利厚生を充実させることで、採用力と定着率を高められます。
- リモートワーク手当・テレワーク環境補助
PCやデスク、椅子などの購入補助、通信費の一部負担などを行い、スタッフが快適に働ける環境をサポートします。 - 学習・研究支援制度
技術書やカンファレンス参加費用を補助するだけでなく、自己啓発休暇や長期休暇制度などを設ける企業もあります。
従業員の意見を反映した柔軟な制度設計
IT企業の強みは、若手でも発言しやすいフラットな風土や、アジャイル開発のように柔軟に改善を重ねる文化が根付きやすいことです。この強みを生かし、賃金制度や評価制度についても、社員の意見を吸い上げながら頻繁にアップデートする姿勢が求められます。
- 定期的なアンケートやオープンディスカッション
給与・福利厚生・昇給基準に関する不満やアイデアをヒアリングし、改善策を施策に落とし込みます。 - エンジニア主導の制度設計
マネージャーだけでなく、現場のエンジニアやデザイナーも巻き込んで評価軸を検討し、現実に合った形へアップデートする文化を醸成します。
長時間労働の是正と時間外手当の適正支給
IT業界は慢性的な残業が指摘されてきましたが、近年は働き方改革の流れで残業削減や有給消化促進を図る企業が増えています。裁量労働制や固定残業代をうまく使いつつ、実態とかけ離れた運用にならないよう注意が必要です。
- プロジェクト管理とスケジュール調整
要件定義の段階から顧客としっかり調整し、ムリ・ムダ・ムラのない納期設定を目指します。 - 勤怠システムの導入
リモートワーク下でも稼働時間を正しく把握し、一定の時間を超えそうな場合にはアラートを出すなど、早期対処を促します。 - インセンティブ以外の“休暇報酬”
プロジェクト終了後に短期休暇(リリース休暇)を付与するなど、適切なリフレッシュ制度を設けて過度な疲弊を防ぐ取り組みも考えられます。

効果的な賃金制度導入のステップ
以下では、新たな賃金制度を設計し、IT企業に導入して運用・定着させるまでの流れを解説します。
ステップ1:自社の現状分析
- 経営理念、ビジョン、人事戦略の確認
- 「プロダクト開発力で市場をリードする」「SESと受託を両立し、安定経営を図る」など、会社の方向性に合った賃金制度を設計する。
- 人事戦略として、今後どんなエンジニアやビジネス職が必要かを洗い出し、賃金制度でどのように支援できるかを整理する。
- 人材の現状分析
- 年齢構成・スキル構成: 若手が多いのか、中堅・ベテラン比率はどうか、どの言語やプラットフォームに強い人が多いかなど、組織の強み弱みを把握する。
- 離職率・採用成功率: 現行の賃金制度が原因で人材確保が難しくなっていないかを検証する。
- 賃金水準の分析
- 業界平均との比較: 求人市場やエージェント情報、SNSなどから類似企業の給与レンジを調査する。
- 地域平均との比較: リモートワーク時代でも、オフィス所在地の物価や家賃相場とのバランスを考慮した見直しが必要。
- 従業員満足度調査の実施
- 社員アンケートや1on1面談で、賃金制度や福利厚生への不満・要望を具体的に収集し、設計に活かす。
ステップ2:賃金制度の設計
- 手当の検討
- 専門スキルや役割に基づく手当: リードエンジニア手当、プロダクトマネージャー手当、先端技術研究手当など。
- 採用を考慮した手当: AIやブロックチェーンなど、希少スキルを持つ人材に対する特別手当を設定する。
- 賃金テーブルの作成
- 各職種・等級ごとの給与レンジを明確化し、開発・営業・管理などのカテゴリ別に整理。エンジニアでも「レベル1~5」といった階層を設けると、昇級過程が分かりやすくなる。
- 昇給・昇格基準の設定
- 若手への早期投資: 入社1~3年目は能力伸長が大きい時期なので、昇給カーブをやや高めに設定してモチベーションを維持。
- 複線型キャリアパス: 技術スペシャリストコースとマネジメントコースを平行して用意し、それぞれ昇給幅や役職要件を明確にする。
- インセンティブや成果給の設定
- プロジェクト型報酬: プロジェクト完了時の品質や納期、顧客満足度に応じてボーナスを支給。
- 個人OKR・チームOKR連動: 月次・四半期の目標達成度に応じたインセンティブを導入し、PDCAを回すカルチャーを促進。
ステップ3:賃金制度の導入・運用
- 制度導入の説明会
- 目的とメリットの共有: 「成果に報いる」「スキルアップを後押しする」など、新制度の狙いや社員への恩恵をしっかり伝える。
- 質疑応答とサポート: 不明点を丁寧に回答し、ドキュメントや社内サイトでいつでも確認できるようにする。
- 運用ルールの明確化
- ガイドライン整備: 昇給判定のサイクル、インセンティブ算定方法、資格手当の対象リストなどを文書化。
- 管理職向けトレーニング: マネージャーやリーダーが評価・フィードバックを適切に行えるよう、人事評価研修を実施する。
- 定期的な見直し
- モニタリングの実施: 制度導入後の離職率や採用応募数、社員満足度などを継続的にチェック。
- 柔軟な調整: アジャイル的にアップデートし、エンジニアやデザイナーからのフィードバックを制度に反映していく。
ステップ4:効果測定
- 定着率の推移
- 新制度導入前後で、エンジニア・デザイナー・ビジネス職などの離職率が改善しているかを比較し、効果を数値化する。
- 従業員満足度調査
- 定期アンケートや評価面談などで、給与や働き方に対する満足度を把握。ネガティブな声が多い項目は再調整を検討する。
- 採用応募者数・質の変化
- 求人市場で「給与水準が魅力的」「スキル評価をしてくれる会社」という認知度が高まれば、応募者数・内定承諾率が向上する可能性大。
- プロジェクト成果や売上指標の変化
- モチベーション向上がプロジェクトの納期遵守率や品質向上、受注額拡大につながっているかを測定することで、賃金制度改定の投資対効果を検証する。
- 定性的なフィードバックの活用
- マネージャーやCTO、実際の開発メンバーからの口頭ヒアリングを通じ、制度が現場に適合しているか、運用上の問題点がないかを探る。
成功事例とその効果
事例1:エンジニアの評価制度改革とスキル手当の導入で採用力UP
- 企業背景:
地方の中小SIer「株式会社テックソリューション」は、最新技術を扱う案件が少なく、エンジニア採用に苦戦。給与も都市部と比べて低く、入社後の若手離職が相次いでいました。 - 取り組み:
- スキル手当と学習補助制度
AWS認定や基本情報技術者などの資格取得時に一時金を支給し、オンライン学習サービスの受講費用を全額負担。 - エンジニア評価基準の明確化
コード品質や顧客評価、チーム貢献度をポイント化し、四半期ごとに昇給判定。本人にフィードバックを行う仕組みを新設。 - 社内勉強会と外部発表の推奨
月1回のテックイベントを社内開催し、登壇者にインセンティブを支給。外部カンファレンス登壇やOSS活動にも奨励金を設定。
- スキル手当と学習補助制度

成果
- 採用応募数が前年同期比で1.5倍に増加。特に地方在住のエンジニアが「学習環境が整っている」と好感し入社。
- 新人エンジニアの離職率が大幅に低下。学習が評価・給与に直結することで「この会社で成長できる」と感じるスタッフが増加。
事例2:プロジェクト連動型インセンティブで生産性を向上
- 企業背景:
ウェブサービスやモバイルアプリを受託開発するベンチャー企業「XYZ Tech」。リリース直前のデスマーチが常態化し、エンジニアの疲弊と離職が問題化していました。売上は伸びているにもかかわらず、社員のモチベーションは低かったのです。 - 取り組み:
- プロジェクト成果報酬
納期遵守率やバグ件数、顧客満足度などを指標化し、一定基準をクリアすればプロジェクトメンバー全員に特別手当を付与。 - スケジュール管理の徹底
要件定義や見積もりの段階で顧客と協議し、現実的な開発期間を確保。繁忙期前にはリソース補強や外部委託で長時間労働を回避。 - リリース後休暇制度
大型プロジェクトを無事リリースした場合、エンジニアに3~5日の有給とは別のリフレッシュ休暇を付与し、過労を防ぐ施策を実施。
- プロジェクト成果報酬

成果
- 納期遅延率と不具合件数が減少し、顧客満足度アンケートで高評価を獲得。追加案件やリピート受注も増加。
- プロジェクト完了時の達成感と報酬がエンジニアの士気を高め、デスマーチの頻度が大幅に下がり、離職率も改善。
IT企業向けの採用・定着に強い賃金制度のまとめ
IT企業では、技術革新のスピードやプロジェクト単位の働き方が特徴的です。エンジニアやクリエイターが自己成長とやりがいを感じながら働ける仕組みづくりが、企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。本コラムで紹介したように、賃金制度は人材確保とモチベーション維持の大きなカギを握っています。
- 最低賃金の上昇や競合の高給与オファーに対する対策
業務効率化、自社プロダクト開発などで利益率を高め、賃金水準やインセンティブを充実させる道を探ります。 - 成果や業績との連動性
プロジェクト成功報酬やOKR連動など、エンジニア・チームの頑張りを正当に評価し、報酬に結び付ける仕組みを構築します。 - 正社員・非正社員の格差是正
契約・派遣エンジニアでもスキルや貢献度に応じた報酬を与え、長期的に活躍してもらう仕掛けが必要です。 - 明確な昇給・昇格基準とキャリアパス
スペシャリスト/マネジメント両面の道を用意し、それぞれの目標と報酬テーブルを可視化することで離職を防ぎます。 - 業界・地域相場への対応と非金銭的アピール
リモートワークやフレックス、学習支援、企業文化などをうまく打ち出し、賃金面だけに頼らない総合的な魅力を発信します。 - 継続的な見直しとアップデート
ITの変化は速いため、定期的にエンジニアや事業部の声を聞き、評価項目や報酬体系を柔軟にアップデートしていく姿勢が不可欠です。
賃金制度は一度策定して終わりではなく、IT業界特有のトレンド変化や社内環境の進化に合わせて常に改善を重ねる必要があります。エンジニアが長く働きたいと思える職場は、プロダクトやサービスの質向上にも直結します。ぜひ本コラムのポイントを参考に、自社のIT人材を最大限活かすための賃金制度づくりを推進してみてください。
投稿者プロフィール

- 中小企業の経営者に向けて、人事制度に関する役立つ記事を発信しています。
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