介護事業所向け | 採用・定着に強い賃金制度導入ガイド

コラム,賃金制度設計

介護事業所向け 採用・定着に強い賃金制度導入ガイド

以下のコラムは、介護事業所(特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、デイサービス、訪問介護事業所、グループホームなど)の経営者・人事担当者の皆様が、自社の賃金制度や人材管理上の課題を見直す際にご活用いただけるよう、介護業界ならではの実態や特徴を織り交ぜながら編集した内容となっています。利用者様の日常生活を支え、質の高いケアを提供するために欠かせないスタッフを安定的に確保・定着させるには、組織に合った賃金制度と人事施策の整備が急務です。本コラムでは全体で10,000文字ほどのボリュームでまとめていますので、ぜひ最後までご一読ください。


目次

介護事業所の賃金制度に関する主な課題

1. 最低賃金の上昇と収益圧迫

介護業界では、訪問介護員や介護助手など、比較的低い賃金水準で雇用しているケースが少なくありません。近年の最低賃金の引き上げは、スタッフの生活改善に寄与する反面、事業所側にとっては収益を圧迫する要因となります。

特に、介護報酬に大きく依存する介護事業所では、報酬改定と人件費のバランスを考慮しなければ、経営を圧迫しかねません。加えて、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などでも、利用料金を簡単に値上げできない事情があり、最低賃金アップの影響を受けやすいのが実情です。

解決のポイント

  • 介護報酬の加算を活用
    夜勤職員配置加算や特定処遇改善加算など、国の制度を最大限活用し、報酬アップによって人件費上昇分を補填できる仕組みを整えます。
  • 業務の効率化・ICT化
    介護記録やシフト管理のICT化、移乗や移動の補助機器導入などでスタッフの負担を減らし、生産性を高めて収益を確保する工夫が大切です。
  • 多角的なサービス展開
    介護保険以外の自費サービスや短期ステイ、福祉用具レンタル事業などを組み合わせ、収益源を増やして賃金上昇への耐久力を高めるアプローチも検討しましょう。

2. 成果や業績との連動性の不足

介護業界では、利用者様の状態やケアプランに合わせたサービス提供が中心であり、売上や利益といった数字の成果が評価基準になりにくい特徴があります。また、固定給で一律に処遇されることが多く、日々のケアで向上させた利用者様のQOL(生活の質)や家族からの感謝が、給与に直接反映される仕組みが整っていない事業所も少なくありません。

成果が給与に反映されないと、優秀なスタッフのモチベーション低下につながる恐れがあります。「きちんとケアを提供しているのに正当に評価されない」と感じることで、離職率が高まるリスクがあるのです。

解決のポイント

  • ケア品質や満足度指標の設定
    「利用者様・家族アンケート」「事故発生率の低減」「身体拘束ゼロ」「サービス向上策の提案数」など、介護ならではの定性・定量指標を可視化し、それに基づいて評価・報酬を設定します。
  • チーム連動型インセンティブ
    個人の成果だけでなく、ユニットや事業所全体のケア品質向上に対してチーム単位のボーナスを導入すると、スタッフ同士が協力しやすくなります。
  • 小さな功績の積み重ねを評価
    「新しいレクリエーションを考案して利用者様のリハビリ意欲を高めた」「衛生管理を見直して感染症予防に成功した」といった細やかな取り組みを表彰し、処遇に反映する文化を育てましょう。

3. 正社員と非正社員の待遇格差

介護事業所では、正社員の介護福祉士や介護支援専門員(ケアマネジャー)以外に、パートやアルバイトの介護職員が多数働いていることが珍しくありません。非正社員の比率が高いほど、待遇格差が表面化しやすく、チームワークに悪影響を及ぼすことも考えられます。

「ほぼ同じ介護業務をしているのに、給与やボーナスで大きな差がある」「正社員だけが研修や資格取得支援を受けられる」といった不満が蓄積すると、パート・アルバイトスタッフのモチベーション低下や離職を招きます。

解決のポイント

  • 業務範囲・スキルに応じた報酬設計
    非正社員でも、身体介護・生活支援など高度な業務を担うスタッフには賃金を上乗せする仕組みを導入し、「スキルベースの処遇」を目指します。
  • キャリアアップ支援と登用制度
    介護職員初任者研修・実務者研修・介護福祉士などの資格取得をサポートし、成長意欲がある非正社員が正社員やリーダー級ポジションを目指せる環境を整備します。
  • 福利厚生の一部適用
    職員同士の研修参加や各種イベントへの参加など、非正社員も同じチームの一員として活躍できる仕組みを作ると、職場全体の定着率が高まります。

4. 昇給・昇格基準の不透明さ

介護現場では年功序列が色濃く残っている事業所もあり、「資格を取ったら多少の手当が付く」「勤続年数が長いほど基本給が上がる」というルールはあるものの、具体的な昇格基準や評価プロセスが不透明なケースが多いです。

こうした状況では、頑張っても報われない、どうすれば昇格・昇給できるのか分からないという不満が生じやすく、意欲ある人材ほど辞めてしまう原因にもなります。

解決のポイント

  • 評価制度の見える化
    「リーダーシップを発揮し、ユニット全体のケアを向上させた」「利用者様や家族とのコミュニケーションが丁寧」など、具体的な評価項目を策定し、スタッフに周知します。
  • 定期的な評価・面談
    半年ごとの人事評価や1on1面談を実施し、スタッフが現時点でどのレベルにいるのか、次に目指すべき目標は何かを明確にします。
  • 多角的な評価体制
    上司・同僚・利用者様やそのご家族の声など、複数の視点を取り入れて公平性を高める工夫が大切です。

5. 業界内での賃金水準の競争力不足

介護業界は、大手法人や高い給与を提示できる民間施設、訪問介護ステーションなどが増え、優秀な介護人材の取り合いが激化しています。地域差も大きく、都市部のほうが賃金相場が高い傾向があるため、地方の事業所や中小規模の法人が給与面で見劣りすると、応募が集まりにくくなるリスクが高まります。

また、パート・アルバイトスタッフにおいては、介護業界以外の仕事(コンビニや飲食店など)と比較して「身体的・精神的にハードなのに時給が低い」というイメージがあると、人材確保がさらに難航しがちです。

解決のポイント

  • 地域・業界相場の調査
    同エリア内での他法人や同規模施設の賃金水準を把握し、自社が最低でも平均レベルを維持できるように検討します。
  • 非金銭的な魅力の発信
    教育体制の充実、福利厚生(保育所完備、社宅など)、働き方の柔軟性など、介護業界ならではの魅力を前面に打ち出し、賃金だけに依存しない採用戦略を構築します。
  • キャリア形成支援
    介護福祉士や社会福祉士、ケアマネジャーなどへキャリアアップしやすい制度が整っている事業所は、求職者にとって「将来性がある」と感じられ、応募意欲を高められます。

介護事業所の人材面での課題

1. 人材確保の難航

日本の高齢化が進む中、介護人材への需要は拡大し続けています。しかしながら、低賃金・重労働のイメージが依然根強く、新規参入者や若年層の確保が難航しているのが実情です。特に夜勤や早朝勤務、休日出勤が発生しやすい現場では、応募が少なく離職率が高まるリスクも大きくなります。

また、地方の事業所では、通勤手段や地元にある他業種との給与比較などが影響し、「介護業界よりも負担が軽く、時給が高い仕事を選ぶ」という若者が増える傾向があります。

解決のポイント

  • 待遇やキャリアを明確にアピール
    給与レンジや夜勤手当、特定処遇改善加算の活用による賃金アップなどを求人票に分かりやすく明記し、「介護職でも十分生活できる」ことを示します。
  • 研修・教育プログラムの充実
    介護職員初任者研修の取得支援、外部講師を招いた研修会などを定期的に行い、「未経験からでも安心して学べる」環境を整えます。
  • 職場見学や体験入所の推奨
    事前に職場や利用者様との接点を持ってもらい、「現場の雰囲気」を感じてもらうことで、ミスマッチによる早期離職を防ぎ、採用成功率を上げられます。

2. 従業員のモチベーション低下

介護の現場では利用者様対応や夜勤などの身体的・精神的負担が大きく、休暇取得が難しい事業所も珍しくありません。加えて、給与や評価が改善されないままだと、スタッフが疲弊しやすく、モチベーションが低下してしまいます。

また、利用者様や家族からのクレーム対応や、緊急時の呼び出しなどでストレスが増大すると、**燃え尽き症候群(バーンアウト)**を起こしやすく、結果的に離職率が高まる一因にもなります。

解決のポイント

  • 定期的なカウンセリング・面談
    スタッフ一人ひとりの状況を把握し、困りごとや不満を早期に解決できる体制を整えます。とくに夜勤スタッフには重点的なフォローが必要です。
  • インセンティブや表彰制度
    利用者様やご家族の感謝の声、業務改善の提案、レクリエーション企画などを積極的に評価・表彰し、スタッフのやりがいを高めましょう。
  • 勤務シフトの柔軟化
    ワークライフバランスを重視し、短時間勤務や曜日限定勤務などを取り入れられる仕組みを作ると、モチベーションの低下を抑えやすくなります。

3. 若年層の定着率の低さ

介護現場では若年層の離職が目立ち、「仕事がきつい」「給料が低い」「将来性が見えない」などの理由で、1~3年以内に転職するパターンが少なくありません。結果として、事業所側は常に新人の育成に追われ、ベテランスタッフとの業務負担の差が開いてしまいます。

また、高齢者とのコミュニケーションや身体介護に対して、「自分には向いていない」と感じる若手が早期に離職するケースもあり、事前のマッチングや職場環境の整備が大きな課題です。

解決のポイント

  • キャリアパスの提示
    介護職員初任者研修 → 実務者研修 → 介護福祉士 → ケアマネジャーといった資格取得の道筋や、リーダー・主任職への昇進ルートを明確化し、若手に将来像を提供します。
  • メンター制度・OJT充実
    経験豊富な先輩スタッフが新人をフォローする体制を整え、定期的な面談で不安や悩みを吸い上げる。技術的サポートとメンタルケアの両面が重要です。
  • 研修・勉強会の開催
    認知症ケア、リハビリテーション、ターミナルケアなど専門性の高い分野を学べる機会を用意し、成長実感を得られるようにすることで若年層の離職率を下げます。

4. スキルアップの意欲不足

介護現場では、日々の業務がルーチン化しやすい一方で、資格取得や専門知識の習得が給与に反映されにくいと感じるスタッフも少なくありません。結果として「勉強しても給料があまり変わらない」「研修の参加時間がない」という理由で、自己研鑽を行わないケースが生まれます。

スキルアップが停滞すると、施設全体のサービス品質の向上が難しくなり、ひいては利用者様や家族の満足度低下につながります。

解決のポイント

  • 資格手当・研修補助の導入
    介護福祉士や社会福祉士、ケアマネジャーなどの資格取得時に一時金や手当を支給し、研修会や勉強会への参加費を補助することで、学習意欲を高めます。
  • 社内研修や外部講師の招へい
    日々のケアに役立つ知識や技術を学ぶ機会を事業所内で定期的に実施し、スタッフが負担なく参加できる仕組みを作ります。
  • キャリア形成と賃金の連動
    資格やスキルアップが特定の手当や昇給に直結するよう制度を整え、「頑張った分だけ報われる」実感を持たせましょう。

5. 非正社員の活用不足

繁忙期の人手確保や夜勤・早朝対応など、非正社員のスタッフを多く採用している介護事業所は多いですが、彼らの能力や経験を十分に引き出せていないケースが散見されます。研修を正社員限定にしていたり、非正社員には責任あるポジションを与えない風土があると、熟練したスタッフでも早々に辞めてしまう可能性があります。

解決のポイント

  • 役割とスキル要件の明確化
    非正社員でも責任あるケアプランの一部を担当したり、リーダー補佐を行うなど、戦力化できる業務範囲を設定し、適正な報酬を支給します。
  • 教育機会の平等化
    正社員と同様に研修や勉強会への参加を奨励し、継続的なスキル向上を支援することで、非正社員のモチベーションを引き出します。
  • 長期契約・正社員登用
    非正社員から正社員への登用ルートを明確に示し、希望者には面談や試験を経てキャリアを進められるようにする方法も効果的です。

6. 管理職の育成不足

介護現場の管理職(施設長、主任、ケアマネジャーリーダーなど)は、利用者様のケアマネジメントとスタッフマネジメントを同時に行わなければならず、多忙を極めます。しかし、プレイヤーとして優秀でもマネジメント研修の機会が少ないと、スタッフの育成や評価が十分に機能しないリスクがあります。

解決のポイント

  • 管理職研修・リーダーシップトレーニング
    外部講師や専門コンサルタントを招き、人事評価、面談スキル、チームビルディングなどを学ぶ場を用意します。
  • 業務負担の分散
    主任やチームリーダーなど複数人で組織を支え、管理職一人に責任が集中しすぎないようにする仕組みが必要です。
  • 管理職の評価基準整備
    「事故ゼロ」「スタッフ定着率向上」「利用者満足度アップ」など、管理職が目指す成果を指標化し、公平に評価・報酬へ結び付けることが大切です。

7. 現場のチームワークの欠如

介護はチーム連携が極めて重要な業種です。介護職員、看護師、ケアマネジャー、生活相談員、調理スタッフなど、多職種が協力して利用者様の生活を支えます。しかし、セクションやシフトごとに情報共有が不十分だと、連携不足が生じやすく、ミスやトラブルの原因になります。

解決のポイント

  • 共通目標の設定
    「転倒事故ゼロ」「褥瘡発生率の削減」「利用者満足度向上」など、事業所全体で共有する目標を掲げ、全スタッフが一致団結できる環境を作ります。
  • ミーティングやカンファレンスの定例化
    各シフトリーダーやケアマネジャーと定期的に情報交換し、利用者様の状態変化や課題を共有する仕組みを整えます。
  • チームビルディング研修・イベント
    レクリエーション企画や事例検討会などを通じ、スタッフ同士がコミュニケーションを深め、相互理解を高める機会を設けましょう。

8. 長時間労働の常態化

介護事業所では24時間体制を敷くケースが多く、夜勤や早朝勤務など長時間労働が発生しやすい環境です。過度な残業や休日出勤が続くと、スタッフの健康を損ない、介護事故や離職リスクを高める原因にもなります。

解決のポイント

  • シフト管理と負担分散の徹底
    夜勤や早朝勤務などが一部スタッフに偏らないようシフト調整を行い、疲労の蓄積を防ぎます。
  • 休暇取得の管理
    有給休暇の計画的付与や連休制度を導入し、スタッフがリフレッシュできる環境を整えましょう。
  • 業務効率化や補助機器導入
    介護ロボットや移乗リフトの活用、記録システムの導入などで身体的負担と残業を削減し、働きやすい職場を目指します。

介護事業所向けに採用・定着に強い賃金制度設計のポイント

1. 成果や業績に応じたインセンティブ制度の導入

介護サービスは数字で成果を測りにくい部分もありますが、利用者満足度や事故防止など定量・定性指標を設定し、達成度に応じてスタッフにインセンティブを付与することがモチベーションアップにつながります。

  • チーム評価型インセンティブ
    事故ゼロやクレーム減少率、レクリエーションの参加率向上など、ユニットや事業所単位での目標を設定し、達成時にボーナスや特別手当を支給すると、一体感が生まれやすいです。
  • 個人功績の表彰制度
    難しいケースを改善したり、介護度改善につながるケアを提案したスタッフを表彰し、金銭的・非金銭的な報酬を与える仕組みを導入します。

2. スキルや資格に応じた手当の充実

介護業界では、資格取得がキャリアの要となるケースが多いです。介護職員初任者研修、実務者研修、介護福祉士、ケアマネジャー、社会福祉士など、スタッフのキャリアアップを支援し、取得後には手当を付与することで、成長意欲を高められます。

  • 資格手当の具体化
    たとえば介護福祉士には月○円、ケアマネジャーには月○円といったように、役割の重要度や難易度に応じた手当を設定します。
  • 研修費用や受験料補助
    資格取得のための講座受講料や試験費用を事業所が一部または全額補助する制度を整え、学習コストを下げるとスタッフがチャレンジしやすくなります。

3. 明確なキャリアパスと連動した昇給制度

介護事業所では「現場の介護職員 → リーダー → 主任 → 施設長」のような管理職ルートだけでなく、**専門ケア(認知症ケア・リハビリ・ターミナルケアなど)**を極めるスペシャリストコースもあります。多様なキャリアコースを整備し、昇給制度と連動させることで、スタッフが将来像を描きやすくなります。

  • 複線型キャリアパス
    管理職ルートと専門職ルートを並行して設定し、それぞれのステージで必要なスキルや資格、達成目標を明示。
  • 昇給基準のドキュメント化
    キャリアパスごとに基本給のレンジや昇給幅を示し、スタッフがどのように成長すれば報酬が上がるのかを理解できるようにします。

4. 地域の市場水準を考慮した競争力ある賃金設定

介護業界は深刻な人材不足が続いており、優秀な人材を確保するためには、地域や他業種との比較が欠かせません。最低賃金の水準や、同業他社の処遇改善内容をリサーチし、自法人ならではの強み(研修体制、働きやすさ、福利厚生など)を付加して、賃金面と合わせた総合的な魅力をアピールしましょう。

  • 定期的な相場調査
    地域の他介護事業所や医療機関、また他業種(コンビニ、工場など)との賃金比較を行い、極端に低くならないよう配慮します。
  • 非金銭的メリットの発信
    利用者様との温かい関係や地域貢献、施設内保育所、資格取得制度など、給与以外の要素も合わせて訴求し、スタッフのロイヤルティを高めます。

5. 福利厚生の充実による生活支援

介護職員は夜勤やシフト勤務が多く、プライベートとの両立が課題となりやすいです。福利厚生を充実させ、安心して働ける環境を整えることで、長期的な定着と採用力向上につながります。

  • 子育て支援制度
    施設内保育所の設置や託児費用の補助、短時間勤務制度などを活用し、育児中でも働きやすい環境を整えます。
  • 介護職員の健康管理
    定期健康診断やメンタルヘルスケアの窓口を設置し、スタッフが心身ともに健康を維持できる仕組みを用意しましょう。

6. 従業員の意見を反映した柔軟な制度設計

介護事業所では経営層と現場スタッフの距離が近い一方で、日々のケアに追われているため、現場の声が制度に反映されにくい場合があります。こまめにアンケートやヒアリングを行い、スタッフのニーズを賃金制度や福利厚生に取り入れることで、現場と経営のギャップを埋めやすくなります。

  • 定期アンケートの実施
    賃金・評価制度だけでなく、シフトや休暇、研修内容などについてスタッフの要望を収集し、改善に活かします。
  • 試験運用とフィードバック
    新しい制度をいきなり全体導入するのではなく、一部部署でパイロット実施して評価・調整し、本格導入前に不具合を洗い出す運用が望ましいです。

7. 長時間労働の是正と時間外手当の適正支給

夜勤や早朝・深夜帯の業務が多い介護事業所では、時間外労働が発生しやすい環境です。適正な手当を支給するとともに、できるだけ長時間労働を抑制し、スタッフの健康とサービス品質を両立させましょう。

  • 勤務シフトの最適化
    夜勤・日勤の回数をバランス良く割り振り、連続夜勤を避けるよう調整します。シフト作成時にスタッフ同士の希望を考慮し、負担が偏らないよう工夫しましょう。
  • 業務効率化の継続的取り組み
    介護記録アプリやタブレットの導入、物品管理や在庫管理のシステム化などでムダな時間を削減し、長時間労働の要因を根本から取り除きます。

効果的な賃金制度導入のステップ

ここでは、介護事業所における新しい賃金制度を設計し、運用・定着させるステップを解説します。

ステップ1:自事業所の現状分析

  1. 経営理念、ビジョン、人事戦略の確認
    • 「地域に根差したケアを提供する」「利用者様の生活の質向上を最優先にする」など、事業所の方針を踏まえ、どのような人材・スキルが必要か整理します。
    • 人事戦略と賃金制度を連携させ、必要なスタッフ像や育成方針を具体化します。
  2. 人材の現状分析
    • 年齢構成・スキル構成: 若手、中堅、ベテランの割合はどうか。介護福祉士やケアマネジャーの数は足りているか。
    • 離職率・採用難易度: 賃金制度や働き方が原因で人材確保が困難になっていないか確認します。
  3. 賃金水準の分析
    • 業界平均との比較: 同地域の同業種と比較し、大きく下回る場合は改善の余地が大きい。
    • 地域平均との比較: コンビニや飲食、事務職などの時給相場に対し競争力があるかをチェックします。
  4. 従業員満足度調査の実施
    • 賃金制度や評価制度に対するスタッフの不満や要望を把握し、設計段階で反映させます。

ステップ2:賃金制度の設計

  1. 手当の検討
    • 役職手当・専門手当: ユニットリーダー、ケアマネジャー、夜勤専従者など、責任範囲や専門性に応じた手当を設定。
    • 採用を考慮した手当: 経験豊富な介護福祉士や看護師の採用を強化するため、特別手当を導入するケースも。
  2. 賃金テーブルの作成
    • 各等級・職位ごとの賃金レンジを設定し、スタッフがキャリアアップのイメージを描きやすいようにします。
    • 現状の給与体系と大きく乖離しないように調整し、移行期の混乱を最小化しましょう。
  3. 昇給・昇格基準の設定
    • 若手の賃金カーブ前倒し: 入職後1~3年は成長が著しいため、一定水準を確保し、離職を防ぎます。
    • 資格取得や担当業務による昇給: 資格取得や高度ケアの担当など、具体的なステップを示すことでモチベーションを高めます。
  4. インセンティブや成果給の設定
    • チーム単位の目標と評価: 事故ゼロや利用者満足度アップなど、共同目標の達成でインセンティブを付与する仕組み。
    • 個人の功績・提案も評価: レクリエーションの提案や事例研究など、スタッフが自発的に行った改善策を報酬に反映します。

ステップ3:賃金制度の導入・運用

  1. 制度導入の説明会
    • 目的とメリットの共有: 「ケア品質向上」「処遇改善」「スタッフの成長支援」など、導入の狙いを明確に伝えます。
    • 質疑応答とサポート: 新制度に対する不安や疑問を解消し、納得してもらったうえでスムーズに運用を開始します。
  2. 運用ルールの明確化
    • ガイドラインの策定: 昇給・インセンティブの算定タイミングや評価基準など、具体的な運用ルールを文書化し、スタッフ全員に周知します。
    • 管理職のトレーニング: 主任や施設長などが評価の進め方や面談スキルを習得し、適正かつ公平な運用を行う体制を整えます。
  3. 定期的な見直し
    • モニタリングの実施: 制度導入後の離職率や採用数、スタッフ満足度の推移を追い、問題点を把握します。
    • 柔軟な調整: 国の介護報酬改定や事業所の収支状況に応じて、必要な範囲で賃金テーブルや手当をアップデートしていきます。
    • 従業員の意見を反映: アンケートや面談で得たフィードバックを生かし、現場に合った制度へと改良を重ねます。

ステップ4:効果測定

  1. 定着率の推移
    • 賃金制度導入前後で、若手・中堅・ベテランスタッフの離職率がどう変化したかを比較し、効果を数値化します。
  2. 従業員満足度調査
    • 新制度に対するスタッフの評価や満足度を定期的に計測。課題がある場合は制度の再調整を検討します。
  3. 採用応募者数・質の変化
    • 給与や処遇が改善されたことで、応募数や内定承諾率が上昇しているか、採用コストがどう変化しているかを確認します。
  4. 介護品質や利用者満足度の向上
    • 離職率の低下によりスタッフの経験値が蓄積し、結果的に介護の質や利用者様・家族の満足度がアップしているかをモニタリングします。
  5. 定性的なフィードバックの活用
    • 施設長や主任、現場スタッフからの口頭ヒアリングを行い、運用上の課題や実際に感じる効果を深く把握します。


成功事例とその効果

事例1:特定処遇改善加算を活用して賃金水準を底上げ

  • 事業所背景:
    地域密着型の小規模特別養護老人ホーム「ひまわり苑」では、賃金水準が周辺施設より低く、パート介護職員が定着しにくい問題を抱えていました。介護福祉士有資格者が少なく、利用者様への質の高いケアが難しい状況でした。
  • 取り組み:
    1. 特定処遇改善加算の取得
      介護福祉士を中心に職員体制を見直し、必要な要件を整備して特定処遇改善加算を申請。加算獲得分をスタッフの基本給や手当に上乗せ。
    2. 資格取得支援制度の導入
      介護職員初任者研修や実務者研修の受講費を全額補助し、介護福祉士合格時には一時金を支給する制度を整えた。
    3. キャリアパスの明示化
      介護職員 → リーダー → 主任 → 施設長補佐など、昇格基準や給与テーブルを文書化し、スタッフに周知。

成果

  • 加算による給与改善でパート職員の時給が周辺施設と同等以上に。応募数が増え、ベテラン介護福祉士の採用にも成功。
  • 資格取得支援を活用し、複数のスタッフが介護福祉士に合格。専門性が高まり、利用者様へのケア品質と満足度が向上。
  • 離職率が大幅に低下し、安定的なチーム運営が可能に。

事例2:チーム連動インセンティブでモチベーションアップ

  • 事業所背景:
    大規模有料老人ホーム「さくらの家」は、ユニットケアを採用しているが、スタッフ間の連携が弱く、ケアミスや情報共有不足が問題となっていた。利用者満足度もやや低下し、家族からのクレームが増加しつつあった。
  • 取り組み:
    1. ユニット単位の目標設定
      転倒事故ゼロ、レクリエーション参加率80%以上、家族からのクレーム数ゼロなど、ユニットごとにKPIを設定し、達成時に特別手当をメンバー全員に支給。
    2. 定期的なカンファレンスと振り返り
      毎週のミーティングでケアやコミュニケーションの課題を共有し、ユニット内で解決策を検討。好事例は事業所全体で共有して横展開。
    3. スタッフ相互フォローの文化醸成
      「誰かが休みでも全員で支える」「新しいレクリエーションを試す際に隣のユニットと協力する」など、チームワークを重視した環境づくりを推進。

成果

  • ユニット内の情報共有と協力体制が格段に改善され、利用者様からのクレームや事故が減少。
  • 定期的な振り返りでチームの連帯感が高まり、スタッフのやりがいもアップ。離職意向が低下し、事業所全体のスタッフ定着率が向上。
  • 家族アンケートで「職員同士が助け合ってくれている」「何かあってもすぐに対応してくれる」といった高評価が増え、入居者数も安定。


介護事業所向けの採用・定着に強い賃金制度のまとめ

日本の高齢化が進む中、介護事業所はこれまで以上に質の高いサービスを提供し続けなければなりません。しかし、その根幹を支えるスタッフが不足し、採用や定着に苦戦する事業所は少なくありません。本コラムでは、介護現場特有の課題を踏まえ、賃金制度と人材管理をどう結びつけるべきかを解説しました。以下のポイントをもう一度振り返りましょう。

  1. 最低賃金の上昇と介護報酬のバランス
    特定処遇改善加算や業務効率化などで人件費上昇を吸収し、スタッフへの適正な処遇改善を図る。
  2. 成果や業績との連動
    事故防止・満足度向上など介護独自の指標を設定し、スタッフの頑張りを評価・報酬に結び付ける。
  3. 正社員・非正社員の格差是正
    業務範囲とスキルに応じた報酬設計やキャリア支援を整備し、離職を防ぐ。
  4. 明確な昇給・昇格基準とキャリアパス
    資格取得や管理職・専門職への道を示し、スタッフが将来像を描ける環境をつくる。
  5. 地域・業界相場への対応
    他事業所や他業種との競合を踏まえ、賃金だけでなく非金銭的メリットも含めて総合的な魅力を高める。
  6. 経営方針と連動した柔軟な制度
    常にスタッフや利用者の声を反映し、国の介護報酬改定や社会情勢の変化に合わせてアップデートする。

賃金制度はあくまで手段の一つですが、人材確保とモチベーション向上に与える影響は非常に大きいです。適切な処遇と働きやすい環境を整えることで、スタッフのやりがいを高め、結果的に利用者様や家族の満足度も上げられます。ぜひ本コラムの内容を参考に、介護事業所が持続的に成長し、地域社会を支えるための賃金制度づくりを進めてみてください。

投稿者プロフィール

スタッフ
スタッフ
中小企業の経営者に向けて、人事制度に関する役立つ記事を発信しています。